1. ホーム >
  2. 教えにふれる >
  3. 読むページ >
  4. 「不安に立つ」講演録 >
  5. 【NEW】「不安に立つ」玉光 順正氏

【NEW】「不安に立つ」玉光 順正氏

「不安に立つ」
―「世間」と「タテ社会」を超えて―  講師:玉光順正氏
 
・「今」「ここ」「私」
 
 こんばんは。紹介いただきました玉光です。今回、「不安に立つ」と言うテーマをいただきました。これは、親鸞聖人750回御遠忌お待ち受け大会以降、名古屋教区でずっと続けて考えられてきたテーマでもあります。私も、前に一度、2009年だったと思いますが、「不安に立つ」というテーマでお話をさせていただいたことがあります。今回、特に、私たちの生活のなかで具体的に「不安に立つ」とはどういうことかという問いかけもいただいております。今日は、そんな視点を持ちながら考えていこうと思っています。
 早速ですが、具体的にということはどういうことかと、それを簡単に言ってしまいますと、「不安に立つ」という時に、それは「今」ということと「ここ」ということと、それから「私」ということ、「今」、「ここ」、「私」、ということが、実は「不安に立つ」という時に考える一つのポイントだと思っています。
ただ、「今」、「ここ」、「私」、と言いましても、「今」の中には「過去」それから「未来」というものが含まれます。「ここ」という中には「隣の国」とか、国までいかなくても「隣の場所」とか、そういうことも含まれます。そして、「私」という時には必ず「他者」が含まれます。つまり「今」、「ここ」、「私」、ということは、ある意味で、「時間」と「空間」を考えるということであり、そういう中で、この「不安に立つ」について考える必要があると思っています。そして、それは、親鸞聖人によって顕かにされてきた浄土真宗がもっているとても大事な問題でもあると考えています。この点については、後半で少しお話をさせていただきたいのですが、曽我量深先生が「還相社会学」と表現された、そういう視点が必要だと思っています。
これまで多くの方が一生懸命「真宗」を語ってこられましたし、今も語られているのですが、現代という時代を考えたときに、それでは間に合わないことがいっぱいあるのではないか。現代という時代に、私たちがこれまで聞いてきた、語ってきた、浄土真宗の教学というものが本当に間に合うのかどうか。間に合うという言い方はちょっと乱暴ですが、そういうことも含めて考えていきたいと思っています。
 
・「不安に立つ」とはどういうことか
 
 そこで、「不安に立つ」という時の「立つ」とはどういうことか。それは、まさに運動であり、あるいは表現であり、もっと言えば念仏であります。それ以外に「不安に立つ」ことはできないと、私は考えています。
 先ほど、ハンセン病に関わる問題として、司会の方から、伊奈教勝さん、藤井善と名のっておられたんですが、伊奈教勝さんのことを少しお話されました。そこで、伊奈さんの言葉を、まず紹介させていただきます。
 資料の6ページ。これは『ハンセン病・隔絶四十年』という著書の中で語っておられる言葉です。ここに、今申しました「今」、「ここ」、「私」、ということが表現されていると考えます。
 
 このたび、橋がかかっておめでとう、今までは船できたけれども、今日は橋を渡ったのです。人間回復の橋、いい名前です。あなたたちの人間が回復です。しかし、人間回復ということは、あなた達の人間を回復するということはもちろんですが、そこへ閉じ込めていた、隔離した側の我々の人間も同時に回復するということです。あなた達が本当に人間回復されない以上、そこへ閉じ込めた側の人間も、実は回復されないのです。そういうことをいわれたのです。その時、私はひらめいたのです。世を捨てた私、関わりのない私、それが実はそうではなくて、私という人間がここにいるということは、私だけの人間でなくて、私にかかわりのある多くの人々と関係のある私であるということが、その言葉で本音として分かったのです。
 私が本当に私になる、そのことが少なくとも家族の人間回復になる。そして、郷里、国が人間回復するということです。(中略)
 
 これが、「ここ」ということを表現しています。次に、
 
 その時に私は、そうだ私は社会から遠く離れ、世を捨てた人間であるけれども、いま、「らい」の状況は、先ほどお話しましたように、治す薬があって、もうほとんど治っている。伝染病であるということは遺伝でないということです。遺伝でないということは血筋ではないということです。私たちの多くの家族の思いというものは、患者を出したことによって血が汚れたと、そう思い込まされており、そう思い込んできたわけです。だから結婚に支障をきたしている。(中略)ですから、私たちは自分さえ我慢して、自分さえ耐えてここで終わることが家族のためであると思ってきました。しかし、実は、それは非常に波風が立たないわけでございますが、家族を抑えつけてきたものの力に対してそのまま認めていくわけです。それを次の世代に渡していく訳です。じっとしていればいい、波風が立たないからいい、私さえ我慢していればいい、あとわずかだということで我慢して生きることがいいことであると思ったけれども、実はそれは今の状況をそのまま次の世代に渡していくことに他ならない訳でございます。(中略)
 
 これが、「今」ということです。波風が立たないからいい、私さえ我慢していればいい、こう思っていたけれども、しかし、それは、今の状況をそのまま次の世代に渡していくことに他ならない、と、こう考えられたわけです。で、その次に、
 
 ですから、今私達は本当のことを言わなければならないということを思っております。しかし、誰が本当のことを言うのか。誰かが言ってくれなければならない。誰も言うものはない。誰も言うものがなければ一番困る原因をつくっている私が、困らない社会をつくらなければならないとそう思い立ったわけでございます。そしてわたしは本名を名告る。本名を名告って「らい」の現実を訴える。偏見で閉じ込められておる人達に対する、一般の人達のその偏見を治していかなければならない。差別のない世界をです。(中略)
そのためには藤井善ではない、本名の伊奈教勝でなければならない。本当のことを分かってくださいというのに、藤井善という覆面をして皆様方に話することは失礼です。またそれで私の心が皆様に通ずるはずはないし、響くはずはないのです。隠す必要がないのです。隠れる必要がない今、ハンセン病と名前を変えていますけれども、私は「らい」とあえて言いたいのです。「らい」はきたない病気、怖い病気、血筋、汚れた血、そういう長い歴史の中に積もった偏見がありますけれどもそれは違うのだと、間違っていると言いたいのです。それは私が伊奈教勝という親からつけてもらった本名で語らなければ、響くはずはないと思って本名を名告りました。
 
このように伊奈さんは語られています。この最後が「私」ということです。
 
 最初に「不安に立つ」とは、「今」、「ここ」、「私」、を考えることがポイントだといいましたが、このように伊奈さんは、当時の自身の生き様として、そのことを明確にされています。
 「ここ」とは、長島愛生園が人間回復の場としてあり、そこに居るということ。「今」とは、我が国ではハンセン病がこれまでどのように考えられてきたのか、これからどうなるべきなのか、そのことに、私も責任を持つということ。「私」とは、私が私として、いうべきこと、いわねばならないこと、いいたいことを言いつづけるということ。
時代をつなぎ、そして場所、空間をつなぎ、その中で私が生きていくということが、この短い文章の中に表現されていると思います。そして、「本当のことを言わなければならない」という言葉の中に「お念仏と共に」という伊奈さんのお気持ちが伝わってくるように感じます。伊奈さんの場合には、こういう形で、具体的に「不安に立つ」が表現されているのだろうと思うわけです。
 
・現代を生きる私たちは
 
 そこで、現代の状況について考えてみます。そうすると、今、「不安に立つ」と言いましたけれども、「立つ」のじゃなくて「不安」が次から次へと出てくる。出てくるというと変ですが、「立つ」暇もないくらい「不安」を感じる。例えば、少子高齢化社会とかあるいは、国難であるとか、北朝鮮からミサイルが飛んでくるとかですね。とにかく、あらゆる形で「不安」というものを煽っている時代でもあります。しかし、私たちが、そういう形で時代を受け止めているかぎり「不安に立つ」ことはできないと思います。「不安」がどんどん増えるだけです。「不安」は、私たちの身の回りにいっぱいあります。しかし、そこで「不安に立つ」といわれたのは一体どういうことか。現代の政治状況も含め、様々なことを、そういう視点から少し考えてみたいと思います。
 資料の7ページです。ここに現代の状況、これは数年前の言葉ですが、今もある意味では続いていることです。
ご紹介します。最初に井出英策さんという経済学者です。彼が、こういう言葉を述べています。
 
人びとの生活不安こそが、現在の安倍政権をささえる原動力であり、この不安こそが、右傾化を人びとに甘受させる重要な素地を形づくっている。
 
これは、皆さんそれぞれ考えてください。そういう言葉が自分にとってどう考えられるか。あるいは、「そんなことないだろう」と、そう考えるというご意見でももちろん結構です。それから、少し飛びまして、橋本治さんです。これも具体的に安倍内閣という言葉が出てきます。
 
 安倍内閣を支持する日本人の過半数は、「景気が良くなること」にしか関心がないのだ。この内閣に対する表立った批判の声がほとんど聞こえてこない理由を考えると、あっけに取られてしまう。「アベノミクス」を言って展開する内閣を批判することは、「あなたは景気回復を望まないのか?」と問われてしまうことにつながるからだ。誰がそれを言うわけでもない。なんとなくそんな雰囲気になっていて、口がつぐまれてしまう―――そのような構造になっているとしか思えない。
 
こういうふうに橋本さんは言いました。この言葉を皆さんはどう感じられるか。実際に、安倍さんは、選挙になると経済問題を強調します。で、あとの問題はどこかに行ってしまう。しかし、それが、ある意味で功を奏しておると。それは一体どういうことかという問題でもあります。
 
・さしあたっての無難
 
 そういうことが、実は、今もというべきですが、ずっと続いているのはどういうことか、これを別の表現で語ってくれている人達がいます。資料の3ページです。
 そこに三國連太郎さんの言葉を紹介しております。三國さんという方は、時々お話しておりますけれども、あの人は、三十代から四十代にかけて、三十代の終わりくらいから親鸞に出遇ったと言いますか、親鸞を考え始められて、亡くなるまでずーっと親鸞を生きようとした人だと考えます。残念ながらそのことをきちっと表現してくださる人がいないということですね。これはある意味で私も責任を感じておりますが、その三國さんの言葉で、これは1984年の著書ですが、
 
「さしあたっての無難を願う」という、小さな我執が人びとの心のなかにあるために、支配権力はまことに都合よく人びとをだましうちにすることができるのです。私たちは、その心弱い部分を正当化する、合理化する、そこに権力はつけ入ってきます。人々の心の底に巣食っている自己保身のエゴイズム、それを正当化しようとする考え方や観念を自力分別心というのです。この自力分別をつみかさねていくと、小さな保身の思いが、やがて社会全体をおおい、非人間的な深い亀裂と断層をもたらします。(『我が煩悩の火は燃えて』)
 
こういう言い方をされています。ですから40年近く前の言葉ですけれども、まさに今そうなってきているのではないかと思います。ただ「さしあたっての無難を願う」ということ、これは誰にでもあることです。私も十分にあります。しかし、それを正当化する、合理化する。そのことを「自力分別心」と言われます。これは、見事に自力分別ということを言い当てておられます。真宗の教学者でもこんなにピタッと言う人はいないと思ったりしながらよく紹介する言葉です。つまり「さしあたっての無難を願う」、これは当たり前のことです。しかし、それが現代では若い世代の人達も含め、どんどんそうなってきています。例えば、選挙の結果を見ますと、若い人たちが結構今のままでいいと思っているという結果が出ます。しかし、それは、いいとは思っていないけれども「さしあたっての無難」ということを考えてしまう結果だと思うのです。
 
ところで、私はかなり前から、話す時に、自分が何を語りたいのかということを考えながら、いろんな人たちの文章の中で「これ」と思うような言葉をいろいろと拾って整理をする作業をしております。そうすると、親鸞聖人が『教行信証』を書かれたあのような方法も、全然内容は違いますけれども、「あぁこういうことなのかなぁ」と思うことがあります。私自身がそんなやり方で様々な問題について考えているということもあって、分量の多いレジメを作っておりますが、これはそこにはない文章です。
 
吉原毅さんという名前をご存じの方もあるかもしれません。城南信用金庫の元理事長なのですが、原発の事故の後に、財界の人として、いち早く、敏感に反応してくださった人です。「これから原発はダメだ」ということをきちっと言われた方です。その方が、これは昨年の朝日新聞に出ていたのですが、こういうことを言われたのです。
 
原発事故とその後の社会状況には日本がかかえる問題が集約されています。前例にとらわれ方向転換できない官僚主義、地位とカネにしがみつくサラリーマン化、そして生きる目的や正しさを見失い、誰もが損得だけで動いてしまうようになる大衆社会化です。日本人は人が良いが論理を軽視する。周囲に流されやすく大衆社会化が進みやすい。その中で原発も忘れられていく。
 
また、厄介なのは大企業の経営者、官僚、政治家のサラリーマン化です。人は地位とカネに恵まれると、それにしがみつき理想を失う。
 
私は、この言葉を読んだ時に、それこそメモをするわけですけれども、同時に、吉原さんは、そういう言葉によって浄土の真宗というものをある意味で表現されているなと感じるのです。つまり、私たちは、これまで、そのようには受け止められない浄土真宗しか聞いてこなかったのではないかと思うのです。これは浄土真宗とは別な話だと。大谷派の先生とかお坊さんが語ったりしたことは仏教。しかし、そうではない方たちの言葉は仏教とはあんまり関係ない。「あぁ、いいことを言うておられるなぁ」というような感覚でしか現代の社会状況を受け止めていないのではないか。しかし、実は、そこに流れておるものは、まさに、それこそ念仏、そのように受け止める受け止め方も十分に可能ではないかということを感じています。
 
 さて、その「さしあたっての無難」というふうになるのはなぜなのかということですが、資料3ページの森達也さんと森巣博さんの言葉。お二人は現在もご活躍の方ですが、
 
 日本の民主主義は、この「俺は違うけど多くの人が…」的なメンタリティに支えられている。自分は違うと思っていながら、いつの間にか他の多数派と歩調を合わせてしまい、結果としてはほとんど全員が同じ選択をしてしまう。(森 達也『御臨終メディア』)
 
これは、これからまたこういうことがあるかもしれないと私は思っています。「俺は違うんだけれど多くの人が・・・」それこそ、今日の講題にも出した「世間」とか「タテ社会」ということとの中での、私たちの身の振り方ということでもあります。
 
日本に住む多くの人たちは、自分の頭で考えるトレーニングがされていない。私が知っている戦後の日本民主主義教育とは、結局、自分で考えさせないための教育でした。(森巣 博『御臨終メディア』)
 
こういう言葉を、それこそ皆さんがどういうふうに受け止められるかということでもあります。戦後の日本民主主義教育とは、自分で考えさせないための教育だったと思うのです。
 
・自分で考える人間になる
 
これは仏教の基本ですが、資料3ページの最後のところにありますように、「自燈明 法燈明」という教えがあります。お釈迦様が亡くなられる前に阿難が「私たちは、これまでならいろいろなことを直接お釈迦様にお聞きしました。そうすると、それぞれきちっとお教え下さった。しかし、あなたが亡くなられたら私たちはどうすればよいのでしょうか」と、こういうふうに聞いたときにお釈迦様は何を言われたか。「自らを灯としなさい。他の者に依ってはいけませんよ」。そして、自らを灯とすると同時に、私がこれまで説いてきた教え、「法を灯として生きて行きなさい。それ以外のものに依ってはいけませんよ」。この二つですね。「自燈明 法燈明」の教え。これは遺言の一つです。とても大事なことです。私はそれを下にありますように、自分で考える人間になりなさいと訳しました。自分で考える人間になる、そのためには、教えを学びなさい。法を学びなさいと言うことです。
 
自燈明 自分で考える人間になる
法燈明 そのために法(おしえ)を学ぶ
 
 しかし、これは、現代という時代に、皆さん、法(おしえ)を学ぶ場所はありますか?という問題でもあります。本当に少なくなってきたと思います。というよりも、それとは逆に、例えばメディア、テレビなんかを見ていますと、朝から晩まで、夜中まで、法(おしえ)というものを忘れるための番組ばかり、とは言いませんが、それと似たようなものではないかと私は思っています。本当に、自分で考えるということをしなくなってきた。なってきたというよりもさせたくない。そういうことが、どんどん、どんどん、広まってきたと思ったりします。
そして、ちょっと資料1ページを出していただきたいと思います。私は70を超えた頃から、「親鸞聖人、70歳の頃に何をされたんかなぁ」とか、そんなことをたまたま考えまして、例えば、聖典で年表を見ますといろんなことが出て参ります。
しかし、大谷派の聖典でも70くらいの時は何も出てこないのですよ。何もしておられなかった。(笑) ところが、75~6歳から亡くなられるまでは、多くの著作があります。これは、言うまでもありませんが、『教行信証』は、もう少し若い頃からずっと書き続けられて、60歳くらいには草稿本のようなものができたといわれていますが、これももちろん晩年までいろいろな所を書き換えられています。けれども、それ以外に、今言いましたように、多くの書物は75~6歳からです。皆さん75~6歳以上の方おられますか?これからですよ。(笑)
本当にそうですよ。そして、75~6歳から『浄土和讃』、『高僧和讃』なんかを書かれています。それから、その外にお手紙、『御消息』もいっぱいあります。ほとんどが75~6歳からです。
 で、その和讃の現代語訳を、私の勝手な試みの訳ですが、少しずつやろうとしているんです。その二番目のところに、
 
劫濁のときうつるには 有情ようやく身小なり
五濁悪邪まさるゆえ 毒蛇悪龍のごとくなり       (正像末和讃)
 
という「正像末和讃」があります。これはまさに今ということを言うておるわけですけれども、親鸞聖人は800年前に現代の私たちの状況を、ある意味で言い当てられていると思います。和讃をひとつひとつ読んでいくと「本当にすごいな」と私は感じます。そこで、その和讃を私なりに訳してみました。
 
人間が生きるということの新鮮さが失われてくると、人間はだんだん小さくなってしまう。生きるという感動を失った人間はすべてのものが白い闇に包まれてしまう。そして人間の生きること全体がお互いに自分自身を傷つけ他者を傷つけあってしまうことになっていく。
 
生きるということの新鮮さが失われていく。これは「劫濁のときうつるには」の訳ですが、人間がだんだん小さくなっていく。それは私自身もよく思います。私自身が本当に小さいなとつくづく思わされております。それが、「有情ようやく身小なり」と言い当てられているということでもあります。そして、その後に、生きるという感動を失った人間はすべてのものが白い闇に包まれてしまうと、こういうふうに訳しています。ここに白い闇という言葉を使わせてもらいました。私が聞いた中では、和田調先生がそういう表現をされたように思います。白い闇。闇というのは黒い闇だけではなくて白い闇というものがある。これに似た表現として、「現代の私たちの知識というものは漂白された知識である」と言った人があります。
 
・漂白された知識    
 
「白い闇」とか「漂白された知識」、これはどういうことかといいますと、福岡伸一という生物学者がいます。『動的平衡』―生命はなぜそこに宿るのか―という本を書いておられます。この本は、私たちが親鸞聖人の教えを聞くうえで、ぜひ読んでおかねばならない一冊です。この本の中で、往相・還相ということを生物学の視点から見事に表現されておるなと私は考えております。
その福岡伸一さんが、子供のころからずっと放課後には必ず毎日のように図書館に通っておったというのですね。暗い道を通って図書館に行って、いろんな本を見ながら、自分の読みたい本を探す。しかし、図書館に行くといろんな本がありますね。そして、いろんなタイトルなんかも気になる。そこで、あれこれ探してやっと見つかる。それで、その本を読んで、先生はいろんな勉強をされる訳ですけれども、その本を探す途中が、自分にとってはいろいろな物事を考える大事な時間だったといわれるのです。これについては私も同感です。
ところが、現代では、あまり途中がない。これは私が若い人たちを見ていてもそう思います。みんなネットですね。それで、すぐに答えが出てくる。それはとても便利です。私も機会があるごとに使います。しかし、そういう答えは漂白されたものだと、こういうふうに言われるのです。
現代は、社会の変化がいろいろとあって、例えば本が売れなくなったとよく言われますね。そういうことと関わっていると思います。ほとんど同じ答え。そして、自分の好みということがありますね、ネットに対して。答えがあふれておるわけです。しかし、それは自分が考えるのじゃなくて、自分が勝手に思っていることと合うことを、どんどんどんどん探したりする。そういう意味でも漂白される。彼は図書館に通う時に、しばし私が足を止めた道草は、すべてネットやグーグルによって、すっかり漂白されてしまったと、そのような表現をされていました。
それで、こういう意訳をしながら、あぁ、こういうことだなぁと。私たちは、今、調べるというと、いろいろと道草をしながら調べるということをしなくなってきた。それは、別に、いいこととか悪いこととかとは違って、非常に便利になってきたけれども、そのことが、今言いましたように、「自らを灯とする」、つまり、「自分で考える」ということとどういう関係になっておるのだろうかと思います。つまり、「自分で考えない」、あるいは「自分で考えさせない」、そういう状況におかれると、人間は「白い闇」に覆われてしまうのだ。そして、そうやって生きることの全体が、自分自身を傷つけたり、お互いに他者を傷つけあったりしてしまうことになっていくのだと宗祖は800年前に言い当てられておるなと。私は思ったりします。
 
・ポスト・トゥルース(脱真実)の時代に
 
像末五濁の世となりて 釈迦の遺教かくれしむ
弥陀の悲願ひろまりて 念仏往生さかりなり        (正像末和讃)
 
ポスト・トゥルース(脱真実)といわれる今の時代、(これは人間が壊れかけておると訳したこともありますが、)釈尊の教えは、多くの人々から離れていくしかない。そこでは、宗教・仏教からも解放(開放)された、まだ誰もが充分、考えきれてない、浄土の真宗が待たれている。
このように訳してみました。これは、脱真実(ポスト・トゥルース)といわれるような、「真実なんてもうどうでもいい」、こういうことが言われている、そういう時代。まぁ、フェイクニュースとか、特に、トランプさんの発言とかですね、それに同調する安倍さんという人もいます。そういうことも含めて脱真実、そういう時代に釈尊の教えも離れていくしかない。これは何も仏教のみでそういうことを言うておる訳ではないですよ。これを宗教・仏教からの解放(開放)された、まだ誰も充分に考えきれていない浄土の真宗が待たれている。こういうふうに訳してみました。
 つまり、親鸞聖人によって顕かにされた浄土の真宗というのは、ある意味では、非常に乱暴な言い方ですけれども、一般に私たちが考えてきた仏教でもないし宗教でもないということではないのかと。それを言われているのが曽我先生の言葉です。資料2ページです。
 
親鸞教学は仏教社会学を意味して―――世界中の人を驚かす時がくるにちがいない。これは還相社会学である。そんな学問が完成されるのは必ずしも遠いことではなかろう。
 
聖人が往相還相の回向世界を初めて知って驚かれたのは流罪の時からである。還相の世界に同朋あり、これ浄土真宗の僧宝である。往相の世界はどこまでもただ個人。
 
お互いに面白かろうと面白くなかろうと相手を還相とみるのが往相の人の眼である。
 
還相回向が現実になってきてこそ、仏法は興隆してくる。個人生活とは往相、還相は団体生活これなり。社会生活を還相世界という。今日の社会は還相―還相回向ではじめて公生活が成り立つ。                  『説教随聞記』1949(曽我量深)
 
そんな言葉があります。これは、実は、1949年の言葉ですが、戦争中の宗門のいろいろな動き、宗門の動向、そして、曽我先生自身のいろいろな発言、そういうことを踏まえての発言だろうと思います。
「世界中の人を驚かす時が来るに違いない。そんな学問が完成されるのは必ずしも遠いことではなかろう」。今言いましたように1949年です。昭和で言えば昭和24年ですね。それから60~70年たった今も、世界中の人が驚くどころか、日本人である私たち自身も驚いていないのではないかと思います。これは1949年ですね。
その後、1962年、曽我先生は、
 
大乗仏教は、釈尊以前の仏教でしょう。阿弥陀の本願なんていうのは、釈尊以前の仏教だということを皆さんはよく聞いていただきたい。こういうことが、聞思するということである。これが「聞其名号信心歓喜」の意味である。(中略)成道をなされて、釈尊は、ご自身のさとりをお説きなされた。その釈尊の説法というものを聞くならば、釈尊以前の仏法とはどういうものであるか、ということを必ず思い出さねばならん。思い出すべきものであろうと思う。『法蔵菩薩』1962(曽我量深)
 
このように言われた。これは、曽我先生88歳、米寿の時の記念講演です。何を言っているかというと、私は、この1949年の「還相社会学」という言葉が、88歳の時には、「釈尊以前の仏教」という所まで来たんだと思うんですね。来たんだというのは変ですね。同じことを言われているんですが。釈尊以前の仏教という言葉は、まぁ曽我先生の言葉は訳の分からん言葉が多いんですが、気になる言葉ですね。そこで、私なりに結論を出した言葉として、それは「仏教・宗教からも解放(開放)された、まだ誰もが充分、考えきれていない、浄土の真宗」ということだろうと私は思うんですね。
 ですから、一般的に仏教とか宗教、あるいは浄土真宗というふうに考えておるけれども、もっと違うものとして、浄土真宗がまだまだ充分に考えられていないというふうに思っています。
そのことは次にアンベードカルの言葉を紹介しております。
 
ブッダがダンマと呼ぶものは宗教とは根本的に異なっている。彼のダンマはヨーロッパ神学者が宗教と呼ぶものと似てはいるが、類似性よりむしろ相違性の方がはるかに大きい。(中略)宗教は個人的なものであり、自分一人のものとして秘めておくもので、公に開陳するものではないといわれる。それに反しダンマは社会的である。根本的、本質的にそうなのだ。ダンマは義であり、あらゆる生活分野における正しい人間関係を意味する。一人の人間が一人だけで満足するのならダンマは要らない。しかし互いに関係を有する二人の人間がいたら、好むと好まざるとに拘わらずダンマを求めざるをえない。それから逃れることもできない。つまり、ダンマなくして社会は成り立たないのだ。
『ブッダとダンマ』(B・R・アンベードカル)
 
これを読むと、改めて、ダンマは宗教とは違うんだという言い方をしておられることに、「あぁそうだなぁ」と思うわけです。アンベードカルという人をご存知の方もあると思います。インドのアウトカーストの人々を中心に、ヒンズーから仏教へ、多くの人々が転宗をされて仏教を生きようとしておられます。そういう動きの基となった方です。
 
・真宗同朋会運動とは
 
 そして、実は、そのような流れの中で行われたのが真宗同朋会運動なのだと私は考えています。それが、その下にあります。真宗同朋会運動とは、純粋なる信仰運動である。こういう言葉です。
 ここで問題なのは、純粋という言葉です。「純粋なる信仰運動である」。なぜこういう言葉が使われたのか。同朋会運動が始まった頃には、よく言われますように、創価学会をはじめとして多くの新宗教が登場して、ある意味で、現世利益とかそういうことを中心にして広まっていったということがありました。例えば、病気が治るとか、お金が儲かるとかそういうことです。それで、真宗同朋会運動は、そういうことではないんだということで純粋な信仰運動だというふうに考えられてきた、あるいは、そういう説明がされてきたと思うんですね。しかし、それは、本来の、純粋といわれたことではないと思います。それは今でも間違っている。じゃぁ、純粋なる信仰運動っていったい何なのか。皆さん、どういうふうにお考えになりますか。
 
 例えば、お念仏。「南無阿弥陀仏」という言葉は、私たちに純粋(ピュア)、あるいは公性(パブリック)、そういうものを生み出す言葉だと、そういうふうに私は思います。あるいは、「南無阿弥陀仏」を称えるということによって、「格差」、そういうものを克服する言葉です。それを「南無阿弥陀仏」という言葉自身が持っています。私たちが、「南無阿弥陀仏」を称える。その「南無阿弥陀仏」とは、格差を克服するとか、純粋性や公性を私たちに回復する、そういう力をもった言葉です。だから、何千年も前の「南無阿弥陀仏」という言葉が、今も、世界中で使われているのだと私は考えます。それが、例えば、資料1ページの和讃です。
 
智慧の念仏うることは 法蔵願力のなせるなり
信心の智慧なかりせば いかでか涅槃をさとらまし      (正像末和讃)
 
わたしたちが、有名無名無数の、念仏者の歴史に、参加できるのは、法蔵菩薩の建てた、本願に依ってのことである。本願を生きんとする、多くの人々のいのちに、ふれることなしに、私たちの生活が、成就することはないだろう。
 
このように一応訳しているんですが、御和讃の中で、智慧の念仏、あるいは信心の智慧といわれます。信心というのは、知識ではなくて智慧の概念ですね。これは念仏者でもあったウイルス学者東昇さんが「知識というのは古くなる。しかし、智慧というのは古くはならない」とおっしゃった。そういうものを私たちは智慧の念仏、あるいは信心の智慧と言ってきたんだと思うのですね。
私たちの念仏あるいは信心は古くならない。知識は古くなる。どんどんどんどん新しい知識が出てくる。科学などもそうです。だけれども、そういうものを支えるもの。それを智慧といい、それが念仏であり信心である。こういうふうにつながってきます。こういうことを別の表現で、例えばこんな和讃があります。
 
五濁悪時悪世界 濁悪邪見の衆生には
弥陀の名号あたえてぞ 恒沙の諸仏すすめたる        (浄土和讃)
 
非常に有名な、皆さんも聞かれたらすぐにわかる和讃だと思います。これを私はこのように訳してみました。
 
二十一世紀を生きる、煩悩を満足させることのみを求めているかのような私たちに、時間と空間を超えた、有名無名の無数の人々が、本当は私たちの誰もが持っている、真実に生きたいという願いを勧めて下さっている。
 
つまり、二十一世紀を生きる私たち、煩悩を満足させることしか考えていないような私たちに、まさに有名無名の無数の人たちが、時間を超えて、私たちの誰もが持っている真実に生きたいという願いを勧めて下さっている。それが念仏だというふうに思います。そんなことでないと念仏が伝わるはずがないと私は思っています。
 
・「世間」と「タテ社会」を超えて
 
 そこで、今日サブテーマにしております「世間とタテ社会を超えて」ということに行きます。
この「世間とタテ社会を超えて」というのは、私が「不安に立つ」を具体的に考えることでもあります。そこで「世間」とは何かということについて考えてくださったのが阿部謹也先生です。残念ながら、私たちと還相社会学を考えようとして、最初日程が合わなくて二回目に来ていただきましたが、その後、亡くなられてしまいました。
「世間」ということ、これは日本に特徴的な事柄ですが、「世間とは何か」とかたくさんの本を書かれました。専門は西洋中世史の先生ですが、外国生活をする中で、この「世間」を考えてくださった先生です。
それから、「タテ社会」という言葉は、中根千枝さんという、この方はまだ95歳でお元気だそうで、もう一冊この「タテ社会」というテーマで本を書きたいとおっしゃって、今、執筆中と聞いておりますが、この『タテ社会の人間関係』という本を書かれたのが1967年です。
その「世間とタテ社会」というのは、今も、なお生きています。それがどういうことかということですが、資料の3ページです。
 
「世間」とは何かというと非常にはっきりとしています。つまり個人がいないということです。
 
「世間」は個人が突出することを好まない。全体として「ことなかれの体質」というものをもっている。
 
「世間」は差別的で排他的な性格をもっている。仲間以外のものに対しては厳しいのである。
 
『教育勅語』には父母に対する孝養、兄弟姉妹の親しみ、夫婦の愛情、知能の啓発、国法の遵守、国のために戦うことが挙げられている。しかし、個人の尊厳などは全く見られないのである。ヨーロッパが近代になって大きな文明圏を確立しえたのは、まさにこの個人の尊厳を確立しえたことによっている。ヨーロッパがヨーロッパとなったのはまさに個人の位置を確立しえたためなのである。        『日本人の歴史意識』阿部謹也
 
私たちは、同朋会運動の中で個の自覚、個の自覚ということを言ってきた。しかし、その時に、個の自覚ということがなかなか伝わらないと思ったんですね。たまたま、その時に、先生のことを思い出して、「あぁそうか」と思ったことがございました。もちろん、前から先生のお名前は知っていましたし、『世間とは何か』等は読んでおったんですが、『日本人の歴史意識』を改めて読んだ時、私たちは個の自覚ということを言ってきたけれども、それは「世間」の中で言ってきたんだということに気がついたのです。
 そして、「ヨーロッパがヨーロッパになったのはまさに個人の位置を確立しえたことによっている」、というところです。これはキリスト教と関係があるんですが、阿部先生によれば、キリスト教で告白という儀式があります。教会の隅っこで自分のやってきたことを神様に告白する。それは、もちろん牧師さんとか司祭が聞くわけですけれども、そういうことがある。その時に、個、個人ということが明らかになっていった。それは12世紀の頃だというのですね。そして、これは実は親鸞の時代ですね。
私は、親鸞の宗教は「一人になることのできる宗教」だと考えています。「親鸞・一人になることのできる宗教」、それは、今言いました「世間」と「タテ社会」を超える。親鸞の教えをきちっと学べば、誰もが一人になることができる。独りぼっちになるんじゃないんです。一人にならないと人とは繋がれない。  
今年は2月9日開催ですが、「ナムナム大集会」というのを、京都で、流罪800年以降、毎年やっております。ここ数年同じテーマになりまして、それは、「みんなになるな ひとりになれ」というテーマです。「みんなになる」というのは「世間」であり「タテ社会」ですね。その中で「ひとりになる」。それは、今紹介しました森達也さんや森巣博さんもそうですね。いろんな周りを見て、「ことなかれ」にしようとするとどうしても「みんな」になります。
 おそらく、これから、さぁ国難だとなったら、私たちだって、ひょっとしたら私も、「みんな」になって「それやれー」と言うかもしれません。今だって、そういう時には乱暴なことを言う方が力をもってきます。そういう時に「ひとり」になる。それを可能にするのが念仏の教えです。しかし、前の戦争の時でも、戦争に抗った人として高木顕明さんがいます。高木顕明さんは「ひとり」になったわけですね。あるいは、小笠原登さんも「ひとり」になったわけです。権力の前にですね。しかし、みんなが「みんな」になってしまって、その人を排斥する側に回ってしまったわけです。そんなことがこれからまた起こるかもしれない。それでも私は、大谷派の何人かは残ってくれるだろうと甘い希望をもっていますが。できれば私はそこを外さないようにしたいと思います。
 
・在日浄土人の誕生
 
 そこで、「世間」に対応する親鸞の言葉は「非」、タテ社会に対しては「横」です。横超とか。こういう言葉を親鸞は、すでに800年前から大事にしている。「非」とか「横」と言う言葉は、日本では流行らない言葉です。むしろ、それはダメだと。例えば、あの人はすぐ横になるとか。横から割り込むとか。横取りするとかね。横でろくな言葉はないでしょ。いいのは横綱くらいです。(笑い) もう一つ「非」と言う言葉もそうでしょ。これから、また、ひょっとしたら生まれるかもしれない「非国民」。「極悪非道」とかですね。「非業の死」とか。「非」も悪い言葉です。「非人」とか。「非」とか「横」とか、しかし、そういう言葉を親鸞聖人はとても大事にされた。そこに、いわゆる日本の文化と違うものを親鸞聖人は明らかに表現されようとした。
 
「非僧非俗」              (『教行信証』後序)
 
という言葉もそうです。
 
念仏は行者のために、非行非善なり    (歎異抄第8条)
 
というような使い方もあります。
それで、「非」と言う言葉を使う時、私は「ぶれない」というふりがなを使います。「非の思想」それは「ぶれない思想」です。
 親鸞聖人が「非僧非俗」と名のられたのは、言うまでもありませんが流罪になった時ですね。流罪になって、当時の国家から拒否されて僧の身分をはく奪された。だから僧に非ずですね。しかし、僧の身分をはく奪されたけれども、今の言葉とは違いますけれども、日本の国民としては許してやるということで藤井という姓を与えられた。ところが親鸞聖人は、その藤井という姓は使っていませんね。愚禿鸞というような言い方をしています。それは、国家から与えられたものを拒否したということですね。つまり、国家から排除されて、排除したその国家を自ら拒否したんですね。それが親鸞聖人の「非僧非俗」の名のりです。
それを私は「在日浄土人の誕生」と呼んでいます。「在日浄土人の誕生」、それが「非僧非俗」の名のりではないですか。同時に、その名のりは「いしかわらつぶてのごとくなるわれらなり」(『唯信鈔文意』聖典p553)という名のりでもあります。
 「世間」にしろ「タテ社会」にしろ、差別とか排除を生み出します。差別というのは上から下、「タテ社会」というのがそうでしょ、上から下という差別があります。あるいは内か外かという差別です。「世間」が違うという言い方をしますね。私は、最初、ハンセン病の療養所に行った頃に、よく「社会からお客さんが来られた」と、こういうふうに言われました。ということは、まさに社会が違うわけです。私たちは違う社会から来た。それは、要するに「内と外」です。差別の方向というのはこういう形なんですね。上と下、内と外。この両方が重なる部分。差別というのはこういうふうに考えるとわかりやすいのです。
 逆に、上に内に差別されるということもあります。典型的なのは何かというと「天皇」です。上へ内へ差別されています。それを知らぬふりをする私たちがいます。あるいは、それを逆に使う人たちがいます。親鸞聖人という方は、それを800年前に言うたんだと、私は考えています。ですから、本当に、違う文化を明らかにしてくださったわけです。
 
 今、『教育勅語』のこともふれましたが、「タテ社会」の方に行きますね。これは、中根千枝さんがおっしゃった。これも面白いですね。
 
(タテ社会)このあまりにも人間的な―――人と人との関係を何よりも優先する―――価値観をもつ社会は宗教的ではなく、道徳的である。すなわち、対人関係が自己を位置づける尺度となり、自己の思考を導くのである。
 
すなわち社会的強制である。社会の道徳とは、修身の本にあるのではなく、言うまでもなく、この社会的強制である。したがって、その社会がおかれた条件によって善悪の判断は変りうるものであり、宗教が基本的な意味で絶対制を前提としているのに対して、道徳は相対的なものである。           (『タテ社会の人間関係』1967中根千枝)
 
こういう言い方をされています。これについて、もう少し別の表現で面白い表現がありまして、
 
日本においては、どんなに一定の主義思想を錦の御旗としている集団でも、(これは私たちの真宗大谷派というようなものでも)、その集団の生命はその主義自体に個人が忠実である(つまり親鸞の教えに忠実である)というのではなくて、お互いの人間関係自体にあるといえよう。
 
こんな言い方をしておられます。※(  )は講師補足。
 
ここでも、宗教と同様、主義思想は日本社会にあっては後退を余儀なくさせられている。堂々と世界に誇りうるような、また、堂々たる文明国で有りながら、他の社会の人々に大きな影響を与えるような偉大な宗教家、哲学者がいまだ日本から、ひとりも出ていないという事実は、この日本的社会構造と無関係ではなさそうである。このように考察してくると、日本人の価値観の根底には絶対を設定する思考あるいは論理的探求といったものは存在しないか、あるいはあっても極めて低調で、その代わりに直接的感情的人間関係を前提とする相対性原理が強く存在している。
 
こういう言い方をされています。これも1967年、中根さんが40代になるかならないかの時です。それが今もそういうことが続いている。だから中根さんは、それこそ50年たったけれどももういっぺん書くといわれているわけです。
 ですから、本当の意味で、私たちが「他の社会の人々に大きな影響力を与えるような偉大な宗教家、哲学者がいまだ日本から一人も出ていない」。「堂々たる文明国で有りながら」宗教家として世界に誇りうるような人がいない、ということを含めて、私たちは、今も、まさに、「世間」を「タテ社会」を生きておるということであります。
 
・還相社会学
 
 さて、本当は、今からお話することが、今日お話したいことだったのですが、それを真宗教学の上で考えるとどういうことか、ということです。すでにふれてきたことですが、資料の2ページです。
 曽我先生の「親鸞教学は仏教社会学を意味して―――世界中の人を驚かす時が来るに違いない。これは還相社会学である。そんな学問が完成されるのは必ずしも遠いことではなかろう」という言葉を紹介しましたが、この往相・還相の問題は、とっても大事な問題なのですが、今また全く違った形で「還相回向論」がいろいろ言われ始めています。しかしその中からは、曽我先生のいわれるような「釈尊以前の仏教」などというようなことは、考えられもしません。それについては、今日は触れませんが。
「還相回向が現実になってきてこそ、仏法は興隆してくる。個人生活とは往相、還相は団体生活これなり。社会生活を還相世界という。今日の社会は還相―――還相回向ではじめて公生活が成り立つ」。
 「還相回向が現実になってきてこそ、仏法は興隆してくる」、という言葉ですが、やっぱり、そういうことを考えていきたいなというふうに思っています。
 そのことを別の立場からですが、表現して下さっているのが資料4ページです。上原専禄さんの言葉を紹介しています。
 
経済や産業や社会の問題をひっくるめて、それが生きた形で動いている全体を政治ということでしぼってみるならば、政治は「現世的なもの」の集約であるといえましょう。そして宗教の宗教性を最も発揮できるのは、こうした意味での政治に対決するときにおいてであると、私は思うのです。宗教は政治に従属するものでもなければ宗教問題は結局政治問題に帰着するものでもありません。しばしばいわれますように、宗教は政治ではなく、また政治であってはならないのであります。しかし、政治とのかかわりあいを抜きにして、いったい宗教がその宗教性を実現することが可能かどうかということを、宗教自体の側の問題として考えますとき、私としましては、どうしても政治との対決の重要性を強調せざるをえないのですね。
 
政治の問題を、具体的に現実的に掘り下げてゆくこと自体が安心を確立する道であり、さとりに到る道であるとする立場が、教義的にも信仰的にもなりたちうるわけだと思います。                        『国民文化と仏教』(上原専禄)
 
こういう言葉がございます。これらの言葉を皆さんがどういうふうに聞かれるか、どういうふうに感じられるかということです。それが、私たちがこれまで聞いてきた宗教、あるいは浄土真宗ということと関係があります。「宗教と政治は別のものである。僧侶は社会のいろいろな問題に意見を出したりするべきではない」。こういうことと全く反対のことを上原さんは言うわけです。
 この上原専禄さんという方は、ご存知の方もあるかもわかりませんが、一橋大学の学長もされた戦後日本の民主主義教育に非常に大きな意味を与え、大きな力を尽くして下さった先生です。ご実家は日蓮宗なんですね。日蓮を信仰し日蓮のことを非常に勉強されています。同時に、いろいろな縁の中で親鸞を勉強もされ『親鸞認識の方法』という論文もあります。これは、皆さんぜひ読んでいただきたいと思います。
 そして、最後の段落ですが、「政治の問題を、具体的に現実的に掘り下げていくこと自体が安心を確立する道であり、さとりに到る道であるとする立場が、教義的にも信仰的にもなりたちうるわけだと思います」。この言葉は、出遇った時にすごいなと思いましたし、あぁ、なるほど、これが還相社会学ということかと、私たちの出番だと思ったんですね。「政治の問題を、具体的に現実的に掘り下げていくこと自体が安心(アンジン)を確立する道」だと。私は、必ず、そういうことがあると思います。
 ここで安心(アンジン)という言葉がありますね。私たちはこれをアンジンと読みますけれども、普通はアンシンでしょ。アンシンと言ったら何か、これは不安の反対ですよ。アンジン=信心と言うものが、ある意味で不安を克服する。つまり「不安に立つ」と言うことですよ。それが、ここにあるんだというふうに上原さんは言われます。
 実は、このことを、阿部先生が遺言のような形で書かれた文章があります。ちょっと長いのですが。
 
本書(『近代化と世間』)を終えるにあたって『世間』の中での生き方について考えてみたい。私が20年以上前からこの問題に関わってきたなかで、日本でもっとも深く「世間」の問題に関わった人物として親鸞をあげなければならない。親鸞は一見したところ「世間」を俗世として位置づけている。しかし彼は死後のことを語ってはいない。往生とは死ぬことを意味しているように見えながら実はある種の理解に達することを意味している。したがって還相とは死後またこの世に帰ってきて、教えを説くということではなく、現世においてある種の理解に立って初めて教えを説く立場に立つことを意味していると思う。
ここで私はヨーロッパの12世紀の哲学者サン・ヴィクトールのフーゴーのことを思い出さざるをえない。彼は『ディダスカリコン』のなかで故郷について次のように述べている。
「故郷が甘美だと思うものはいまだ脆弱な者にすぎない。どこに行っても故郷と同じだと思うものはすでに力強い人である。しかし全世界が流謫(るたく)の地であると思うものこそ完全な人である」
フーゴーは、キリスト教徒であるから彼の答えはわかっている。私はこの答えを親鸞の中に見つけようとした。つまり「世間」以外に生きる場はない。しかし、ある一定の理解に達したものが何人か集まって流謫の地としての「世間」のなかでも、流謫の人として振る舞うことである。そして世界の危機を招いている近代科学に対して民衆の立場から抵抗し、新しい学問を打ち立てることである。
自己の変革なくして社会の変革などありえない。したがってまず自己の変革である。ついでアメリカの核武装の全面廃棄を求めることである。いうまでもなく親鸞の時代と現在は大きく異なっている。その違いのなかで信仰がどのような位置をもつのかは今の私には十分にはわかりかねている。しかし以上のような展望の下で本書を執筆したということは最後に述べておきたい。                (『近代化と世間』阿部謹也)
 
先生は、この「あとがき」を書かれてすぐに亡くなられました。2006年の9月です。ここで、新しい学問という言い方をなさっています。そして、この本を最初に読んだとき、「アメリカの核武装の全面廃棄」という言葉がポンと出てきた。これは、実際、今のアメリカと北朝鮮を含む核の問題というのは人間ではどうしようもない、そういうところに科学が来ておるわけですね。そして、そういうものに本当に対抗しうるものとして、私たちは浄土真宗の信というものを考えなければならないと思いました。
 そのあたりのことを言おうとしているのは、最後になりますが、5ページです。私にとっては、そういう歴史の流れの中で、現在において「還相社会学」ということを語ってくださったのは、これも残念ながら亡くなったのですが藤元正樹先生です。
これはご存知の『仏の名のもとに』のなかの文章です。
 
その時、法蔵の願心とは、如来の怒りをあらわす心である。怒りを忘れた慈悲心、怒りなき信仰は無性格であり、そこに何らの行証はない。今日、宗教を語り、信心を学ぶ人は多い。しかしそこに怒りもてまことを求める人は少ない。法蔵の願心は、もと純粋な憤怒の言葉ではなかろうか。『仏の名のもとに』
 
こういう言葉を皆さんはどういうふうに感じられますか。「今日、宗教を語り、信心を学ぶ人は多い。しかしそこに怒りもてまことを求める人は少ない」。やはり、今の世の中、怒るということがない限り仏教徒とは言えない。「どんな社会になっても結構な社会です・・・」そんなことではないと思います。「怒りもてまことを求める」、そういうことが、私たちにとって、親鸞聖人の教えを聞くことの意味だと思いますね。そして、
 
教法のある社会というものは――教法というようなものは当然社会に生きる者である限り、それは闘うのが当たり前でございましょう。真実が不真実の場所に立ちますと、それは始めから平穏無事というわけにはまいりません。(中略)ある意味では真実が不真実なる世界に投錨し根づこうとすれば、そこに闘いがおこるのは当然でございます。その闘いをとおしてきた記録、教法が闘いをとおした記録が宗祖の「化身土巻」であったと申し上げてよいのでございましょう。               『問われる真宗教団の意義』
 
こういう言い方をされています。阿部謹也さんも「世間と闘わなければ歴史はかけない」と言われております。「真実が不真実の場所に立ちますと、それは始めから平穏無事というわけにはいかない」というのは当たり前のことですね。当たり前のことが書いてあるんですね。
 
親鸞の求めた教学はご承知のように化身土の末巻に展開される時代批判であります。時代批判というような言葉ではどうももっと明確に言い当てられんほど厳しいものでありまして、むしろあそこで親鸞が求めておるものは人間の変革であり、時代の変革をもたらすような批判であると申しても過言ではないと思います。およそ信仰が人間を変革し、時代を変革する力をもたなければ信心とよべないものであろうと思います。信心ともよべないし思想ともよべないものであろうと思います。思想をもって人を変え、思想をもって時代を変えるというときにはじめて思想のもつ力というものが親鸞によって大行という言葉で示されてくるわけであります。              『九教研開所にあたって』
 
「思想をもって人を変え、思想をもって時代を変える」。これは、阿部さんの言葉のなかにもありました。「人」と「時代」。人を変え自分を変える。同じことを言われておる。「思想のもつ力というものが親鸞によって大行(=念仏)という言葉で示された」。これを私たちはどういうふうに考えるのかという問題でもあります。
さて、その最後です。藤元先生のお話は、長いこと聞いてきておるのですが、聞いておるときは、わかったのやらわからんのやらということがあるんですが、改めて、今、藤元先生のいろいろなものが文章になって出ています。それを読むと、一つ一つびっくりするような言葉ばかりなのですね。思想というのはそういうものだと思います。思想を語る。考えてみれば、親鸞の言葉は日本の思想だといわれます。あるいは世界の思想だと。仏教だってそうでしょう。ただお話というのではなくて思想を語るということだと思います。そこで、藤元先生の言葉です。
 
真宗というのは、お念仏の教えというようなものは、念仏の教えを聞くかぎり、あらゆる課題にお念仏が応えていることを学ぶということが還相の菩薩の意味だろうと思います。
 
こういう言い方をされておるのですね。何でもないことなんですが、これは私たちもよく言ってきたことです。「あらゆる課題にお念仏が応えている」、こういうことは言っています。しかし、実際に、そのことが具体的には一歩も進みません。進めようともしていません。
例えば、蓮如の言葉で「ねてもさめてもいのちのあらんかぎりは念仏申すべきものなり」、寝ても覚めても、行住坐臥、それはいつでも念仏を称えているということですから、「あらゆる課題にお念仏が応えている」ということのはずですね。だから、私たちは蓮如さんの言葉を本当にきちんと読んでおるのか、ということです。
これは親鸞聖人の御消息にもたくさんそういうものが出てきます。
『御消息』の7通目をちょっと見てみましょう。
 
世にくせごとのおこりそうらいしかば、それにつけても、念仏をふかくたのみて、世のいのりにこころいれて、もうしあわせたもうべしとぞおぼえそうろう (『聖典』p568)
 
これから変なことが起こるかもしれない。くせごと(曲事)がおこる。それにつけても、(これは、ある意味では強調の言葉だと思います。つまりまさにその時こそ、と読んでおるんですが)、その時にたのむべきものは念佛だと。
何故なら「あらゆる課題にお念仏が応えておる」・・・課題です。問題ではありません。問題と課題はどう違うか。問題は外の話です。課題というのは自分にとってです。ですから、それが、自分にとっての課題になる。その時に念仏が与えられるんです。
 
(なぜ)還相ということをいわなければならないかというと、信心というけれども、どうも信仰という言葉で表せない内容を語ろうとするときに、還相というものが必要でなかったのか。信心為本とか信心為要というけれども、はたして親鸞は信心というものを究極の結論としたのか。信心が目的だったのか。還相回向を説いたのは心行をえしむるということにあったということなら、信心が結論であったのか。心行が結論であったのか。何かそこに往相回向というだけでなしに、還相回向を説かなければならない必然性が一体何だったのかということでございますね。何か真宗というと信心、信心といっているけれども、はたして信心が、親鸞が最後にいおうとしたことなのか。それが私の根本的な問題意識なのです。何かもう一つ信心の世界を突破する必要があったのではないか。
(『大地 10』藤元正樹)
 
こんな発言をされておりますね。ただ、こういうことは普通に読んでおりますと、読み飛ばすということになるんだと思いますね。しかし、「還相社会学」というように、そういう視点から見てみると、まさに言い当てて下さっておる。そういう言葉だと私には感じられます。
 
・自分を変える、時代を変える
 
最後に資料の8ページ。E.F.シューマッハーという人の『Small is Beautiful』という名著。これは1973年に出たのですが、現在のミヤンマーでも生活していた人で、経済学者ですが、その時、仏教経済学ということを初めて言われた先生です。残念ながら、この方も、列車事故で亡くなっています。
 
未来について語ることは、いま、直ちに行動を起こす場合にのみ有効である。
 
英知を求めるには貪欲と嫉妬心という、今、自分を支配しているものを捨てなければならない。
 
現代人の心が貪欲と嫉妬心に征服されていないとすれば「生活水準」が向上しているのに気違いじみた経済主義が収まらなかったり、いちばん豊かな社会がもっとも容赦なく経済的利益を追求したりする訳がない。
 
今日、人が口にする非難の言葉の中で「経済的でない」という言葉ほど決定的なものはない。(これは40年前の言葉ですよ)
 
仏教とは文明の本質を欲望の増殖の中ではなく、人間性の純化の中に見出す。
 
仏教経済学の基調は、簡素化と非暴力である。
 
人間は小さく、したがって小さいものこそ美しい。巨大主義に進むことは、自己破壊に進むことである。
 
いかに経済がそれで繁栄するからといって「安全性」を確保する方法もわからず、何千年何万年の間、ありとあらゆる生物に測り知れぬ危険をもたらすような、毒性の強い物質を大量にためこんでよいというものではない。そんなことをするのは、生命そのものに対する冒涜であり、その罪はかつて人間のおかしたどんな罪よりも数段重い。
『Small is Beautiful』1993(E,F,シューマッハー)
 
このように、原発なんかのこともきちっと言い当てておられる。にもかかわらず私たちはどうかという問題ですね。
 原発のことで思い出しましたが、原発が始まるころからずーっと電事連が「原発は安全です」という宣伝をしておりましたね。3.11が起こるまで。最後やっていたのは星野仙一さんでした。3.11が起こってやらなくなりました。その最初の頃に三國連太郎さんのところへ、コマーシャルに出て欲しいとお願いがあったそうです。三國さんは、しばらくお待ちくださいと言っていろいろと研究をされた。そして、私は出るわけにはいきませんとはっきりとお断りになったそうです。そういう姿勢ですね。ブレない姿勢です。そういうことの背景に、親鸞の思想というのは大きな意味を持っておって、「非」と「横」という思想ですが、それによって差別や排除の構造を克服する力になる。わたしたちが「世間」とか「タテ社会」をきちんと見て、「ひとり」としてつながっていく。そういうことが大事ではないかと思っています。
 
 今、政治の世界が堕落しているというのは私たちの責任です。宗教者の責任だと思います。メディアもそうですが知識人といわれる人たち、そういう人たちの力が本当に弱いと思います。伝わらないのですね。ですから、「嘘が当たり前」でそれに居直る。あるいは逆にあおったりする。
例の森友・加計問題で、新しい情報が出てきて、本当のことが分かってきても素知らぬ顔で通すような時代になっている。それについて宗教者も何も言わない。「嘘をついたらいけない」とか言わない。
福岡伸一さんがこんなことをおっしゃっています。
 
記憶がないというのは、記憶があってしかるべきなのにうまく思い出せませんという一種の二日酔い状態であることを告白しているにすぎない。あるいは、実は記憶にあることを嘘にならないように言いつくろうときに使うための見え過ぎた方便でしかない。全く身に覚えがないことなら、端的にやっていません、言っていませんと言えばすむことである。
 
当たり前の話ですね。しかし、そういう社会を私たちが作っているわけですね。なおかつそれを支援・支持しているわけです。それが、いろいろなことを生み出すんです。三國連太郎さんなんかは、そういうことを「さしあたっての無難」という言葉できちっと言われておるわけですよ。本気でそういう言葉に出会い、何よりも自分を変えること、そして、同時に時代を変える。そういうものが真宗の信だと、こういうふうに言われているわけです。自分を変えずに他人ばっかり変えようとしているのがほとんどですね。そういうことを、皆さんが、こうして真宗の教えを聞いて下さっておるのですから、ぜひ、一緒に考え、そして伝えていくということが大事だと思います。
 
終ります。ありがとうございました。
(文責:名古屋教区教化委員会研究部門)
 

▲ ページの上部へ