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【NEW】ミミノソコニトドマルトコロ 『歎異抄』師訓篇


師が顕かにされた教えを私たちはどういただいているのか。
私の「信」が問われる。私の人生の「道」を歩ませるその問いかけを
師のすがた、言葉”ミミノソコニトドマルトコロ”(『歎異抄』前序)に尋ねていく。

「同朋会」、学習会等の資料にも活用ください。

 目次


「前 序」『歎異抄』 ―念仏の僧伽復興の書― 狐野 秀存
「第一章」 信心正因章  ―信心一つの救い―   内藤 知康
・「第二章」 真宗が開く            四衢   亮
「第三章」 他力の救済            水島 見一
「第四章」 「慈悲のかわりめ」とは      田代 俊孝
「第五章」 浄土のさとり           玉光 順正
「第六章」 法然を師と認可した親鸞      武田 定光
「第七章」 念仏者は無碍の一道なり      井上 尚実
「第八章」 「非」ということ         伊東 恵深
「第九章」「不審」論  ─宗教は「こころ」の救いか─ 加来 雄之
「第十章」 たまわりたる信心         廣瀬 惺

『歎異抄』 ―念仏の僧伽復興の書―   狐野秀存 氏

[前 序]


   歎異抄とは、聖人の遺弟の悲願と念力によって、念仏の僧伽の復興のために、―真宗の僧伽の
   新しい形成のために献げられた書物であるのです。            (信國 淳)
 
 仏教の勉強は非常に簡単です。それは、〝そこに人がいるということがわかる〟ということです。つまり、自分と同じように、悩んだり、苦しんだり、いろいろな思いをいだいて生活している人がいるということに気づくということです。そしてそのようにして、われもひとも共に生きているという事実に目が覚めるのです。『歎異抄』はまさにその「われもひとも共に」という世界の事実を教える書物です。
 『歎異抄』は親鸞聖人の弟子の唯円という人が書いたといわれています。弟子の書であるということが大事です。お経が「如是我聞(かくのごとき、我聞きたまえき)」から始まるように、『歎異抄』も親鸞聖人の教えの言葉が“如是我聞”されたもので、人と人との出会いの場が生み出される念仏の僧伽の歴史を証明するものです。
 『歎異抄』は、まずはじめに「前序」において唯円の念仏の僧伽復興の願いが述べられます。次に「口伝篇(師訓篇)」といわれ、親鸞聖人の言葉が十章にわたって記されています。さらに「歎異篇(異義篇)」として、念仏を私有化しようとする自力のこころが八章にわけて厳しく批判されます。そして最後の「後序」においてもう一度、念仏の僧伽への尽きることのない願いが述べられ、親鸞聖人が流罪になった事件の記録が付されています。
 『歎異抄』の読み方は、曾我量深先生(一八七五~一九七一)によってはっきりと指示されています。「信心異なることを歎く精神、だれが異なるかというと、自分が異なっている。異なるのは自分である」(『歎異抄聴記』東本願寺出版)。「われに問題あり」と感じる時、『歎異抄』という信仰の書に出あうことができるのです。
 『歎異抄』は別名「歎異先師口伝の真信鈔」といわれます。前序には『歎異抄』全体の眼目である「先師口伝の真信」が高く掲げられています。親鸞聖人から唯円を通して、私どもの胸のうちにまで届けられている阿弥陀如来の大悲のこころを、ご一緒に聞いてまいりたいと思います。

この しゅうぞん

1948年、石川県生まれ。1970年、大谷専修学院卒業。現在、大谷専修学院学院長。 【著書】シリーズ親鸞 第三巻『釈尊から親鸞へ―七祖の伝統』(筑摩書房)、『往生浄土の道』(東本願寺)ほか
 

信心正因章 ―信心一つの救い―   内藤知康 氏

[第1章]


 ご本願には信心と念仏とが誓われていて、善導大師を承けた法然聖人は「念仏一つによる救い」を強調されました。親鸞聖人は、その「念仏一つによる救い」を強調しつつ、念仏とは他力の念仏であることを明らかにするため、「信心一つによる救い」を強調されました。『歎異抄』には、信心と念仏とによる救いを明かす言葉と念仏一つによる救いを明かす言葉とがありますが、第一章は、浄土真宗本願寺派勧学である神子上恵龍師の『歎異抄講読』に「信心正因章」といわれているように、ここでは「信心一つによる救い」が明かされています。
 すなわち、「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり」という言葉から始まりますが、親鸞聖人のお手紙には、「真実信心の行人は、摂取不捨のゆえに、正定聚のくらいに住す」(「末灯鈔」『真宗聖典』六〇〇頁)といわれています。正定聚とは命終わって浄土に生まれ、仏の悟りを開くことに定まったなかまという意味です。つまり「摂取不捨の利益にあずけしめたまう」というのは、間違いなく浄土に生まれ仏の悟りを開くべき身となる利益を与えられたということです。
 そして、その利益を与えられる時、すなわち救いが成立する時がいつかというと、「念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき」だといわれています。その時にはまだ念仏は出ていません。「念仏もうさんとおもいたつこころ」とは、その前の「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じ」る心であり、これが信心です。信心(念仏申さんとおもいたつこころ)が起こる時、つまりまだ念仏が出ていない時に救いが成立するといわれるのですから、「信心一つによる救い」が明かされているということになります。
 そして、信心一つによる救いは善人・悪人を区別しない平等の救いであることが、後半に明かされます。 ※引用文は『真宗聖典』(東本願寺出版部)に依りました。

ないとう ともやす

1945年、大阪府生まれ。龍谷大学大学院文学研究科真宗学専攻修了。宗学院卒業。現在、浄土真宗本願寺派覺成寺(福井県)住職。本願寺派勧学。龍谷大学名誉教授。 【著書】『御文章を聞く』『安心論題を学ぶ』『増補版  やわらかな眼』『聖典セミナー  一念多念文意』『親鸞聖人のことば』(共著)ほか。



真宗が開く   四衢亮 氏

[第2章]


 ある講座で、「浄土真宗というのは、ナムアミダブツと唱えたら、誰でも極楽にいって救われるという話ではなかったのか」と、質問されたことがありました。とりあえず唱えたらいいのだろうというイメージがどうも強いようです。しかしそのためか逆に、理解し納得できるならともかく、何だか意味のわからないことを唱えることはできないと思われてか、仏事の折にも、手を合わせ合掌されても、押し黙っていらっしゃる方が大半のようです。
 「おのおの十余か国のさかいをこえて、身命をかえりみずして、たずねきたらしめたまう御こころざし…」と始まる『歎異抄』第二章。背景には、親鸞聖人の長男・慈信坊(善鸞)が関東へ赴き、「私だけ、父親である親鸞聖人から夜こっそりと特別な教えを聞いたのだ」と言い出したことから起こった、関東のお同行の間の混乱があると言われます。
 「やっぱり、念仏を唱えてみてもどうも頼りない、こんなことで救われるのだろうかと思っていたんだ」とか、「もっと特別なことでないと、私は救われた気にならない」とか、いろんな意見が露わになって、それでは親鸞聖人に聞きに行こうということになったのです。これは、私たちの中にもある疑問かもしれません。それに親鸞聖人がどう応えられたのか、尋ねてみたいと思います。
 親鸞聖人は、「自分で唱えた念仏で、この先どこかで自分が救われるかもしれないということではないです。また修行することによって私が救われる身に変革されるのでもないのです。そうした「道」を尋ねたければ比叡山や興福寺などに行かれたら」とおっしゃいます。親鸞聖人が、先生である法然上人を通して出あった仏道は、そうしたものとは全く違うものだと言われるのです。
 そして、この先どうなるかではなく、「今、ここ」の私の事実がはっきりする。私が見失っていた事実をしっかりいただいていく道が開くのだと言われるのです。

よつつじ あきら

  1958年生まれ。真宗大谷派不遠寺(岐阜県)住職。真宗大谷派青少幼年センター研究員。 【著書】『時言』『自分の発見』『観無量寿経の教え』『歎異抄の世界をたずねて』、ワンコインブック「念仏」「本願」「信心」「往生」「浄土」「他力」(いずれも東本願寺出版部)、『歎異抄にたずねて 現代に響く親鸞聖人のおしえ』(法蔵館)ほか。
 

他力の救済   水島見一 氏

[第3章]


 「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」とは、親鸞の教えを明確に言い表す言葉です。現実の社会では、悪は退けられるべきですが、しかし親鸞は、「悪人」こそが救済される、と教えるのです。では、親鸞のいう「悪人」とは、どのような人間のことでしょうか。
 人間は自分の人生を、自分の意のままに生きられる、と思っているのではないでしょうか。これを「善人」と言います。「善人」は幸せを求めて、明るく生きようとします。物事を成し遂げようとして、自分を叱咤激励して自力を尽くします。しかし、そのようにして得られた幸せも、やがて不幸せに変わっていることも多々あるのです。
 確かに、自力で物事を成就したということはありますが、しかし、そのように成就した人生をまるごと見てみれば、お釈迦さまが説かれたように、「四苦」に刻々迫られ続けられているのではないでしょうか。老病死ということが約束されたのが、人間の人世の本当の姿であったのです。自力無効こそが、人生の実相であったのです。
 しかし、そのような教えを聞いてもなお、人間は、自力無効を忘れて、自力で生きていけると思っているのです。生老病死の現実を横に追いやって、娑婆を楽しもうとしているのです。自分の死ぬことなど眼中にないのです。ここに善人の実相があります。親鸞は、このようなどこまでいっても生老病死を忘れている人間のことを、「煩悩具足のわれら」と見定めます。「いずれの行にても、生死をはなるることあるべからざる」と言われます。自力無効の現実を無視して自力で生きる人のことを、親鸞は「悪人」と言うのです。
 ところが親鸞は、そういう「悪人」を「あわれみたまいて、願をおこしたまう」のが如来であると説かれています。本願は「悪人」を救済するために建てられたものであったのです。ここに「他力の救済」があります。そして、「他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり」と言われているように、「悪人」にゆるされていることは、「他力をたの」むということだけであったのです。

みずしま けんいち

1950年、富山県生まれ。大谷大学卒業。同大学大学院博士後期課程満期退学。洛南高校教諭、大谷高校(京都市)教諭を経て、2003年、大谷大学専任講師。2008年、大谷大学教授。2016年、定年退職。現在、大谷大学特別契約教授。博士(文学)。【著書】『大谷派なる宗教的精神─真宗同朋会運動の源流─』(東本願寺出版部)、『近・現代真宗教学史研究序説─真宗大谷派における改革運動の軌跡─』『信は生活にあり─高光大船の生涯─』(法藏館)、『帰命の生活』『如来に芝居させられていた人生─生死を超える道─』(ともに文栄堂)、『曽我教学─法蔵菩薩と宿業─(編著、方丈堂)。
 

慈悲のかわりめ  田代俊孝 氏

[第4章] 


 第四章には、本文に「慈悲に聖道・浄土のかわりめあり」とあります。この「かわりめ」について、香月院深励、妙音院了祥、多屋頼俊、暁烏敏など先学は、いずれも、聖道・浄土二門における慈悲の「違い」、「違い目」と解釈し、「聖道の慈悲」を廃して「浄土の慈悲」を立てる、廃立の立場で理解しています。したがって、浄土真宗の立場からすれば、「聖道の慈悲」は、否定(廃)されるものとして受け止められてきました。具体的には、ややもすると真宗の教えは、「わが身一人」の救いであり、他者にかかわることは「聖道の慈悲」であり、真宗の救いの観点からは、ボランティアなども意味のないものと理解されてきました。
 私は、「かわりめ」の新たな解釈にたって、そこに真宗救済のプロセスとしての「回心」の有り様を見出してみたいのです。
その中で、廣瀬杲は『歎異抄講話』(一九九四年・法蔵館)で、「私は「かわりめ」というのは、相違ということではなくて、それこそ「変りめ」です。「変りめ」の「め」というのは、つぎめとか、うつりめの「め」だと思います」(二三四頁)と述べています。講述であり、根拠を示されていませんが、私はこの解釈に大きな示唆を受けました。
 私は、さらに展開して「かわりめ」とは『広辞苑』などに示されるように「変わる時(点)」、つまり、「時」と解釈したいと思います。たとえば、「潮の変わり目」と言えば「変わる時(点)」です。聖道(自力)の慈悲から浄土(他力)の慈悲への変わり目、つまり、聖道の慈悲の限界を知って浄土の(他力)慈悲の世界に目覚めた時点、つまり、回心の時点と解釈したいのです。両者の間に「しかれども、おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし」という慈悲の限界、挫折ともとれることばがあります。聖道はどこまでも、弘願他力に帰していく方便であり、聖道の限界を信知して他力に帰していくものです。このことは、菩提心においても同じです。化より「入真を正要とす」(『真宗聖典』二三七頁)るのです。

たしろ しゅんこう

 1952年生まれ。大谷大学大学院博士後期課程満期退学。同朋大学助教授、カリフォルニア州立大学客員研究員を経て現在、同朋大学大学院教授。博士(文学)。三重・行順寺住職。日本ペンクラブ会員。 【著書】『唯信鈔文意講義』、『増補親鸞の生と死』、『仏教とビハーラ運動』、『悲しみからの仏教入門』(正・続)、『ビハーラ往生のすすめ』、『人間を観る―科学の向こうにあるもの―』(ともに法蔵館)。『広い世界を求めて』(毎日新聞社)。
 

浄土のさとり   玉光順正 氏

[第5章]


 「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏もうしたること、いまだそうらわず」と、私たちの「日ごろのこころ」とは全く離れたところから始まる第五章は、最後には「浄土のさとりをひらきなば」と展開する。
 これらの言葉は私たちに、本当に浄土の真宗を聞いたり、語ったりしているのだろうか、と問いかけている。
 「亡き人を縁として」「亡き人を偲びつつ」私たちは仏事のたびにこれらの言葉を聞き、かつ語る。しかしそのことが「浄土のさとり」へと道がつながっているのだろうか。
 ご承知のように、親鸞を宗祖とする私たち真宗大谷派では、「特定秘密保護法」「集団的自衛権行使容認」「安全保障関連法案」そして「原発再稼働」等に関して再々「宗派声明」を出し、それらを容認できないことを表明してきた。それらは言うまでもなく、教団として、「おおせにてなきことをも、おおせとのみもう」(『真宗聖典』六四一頁)し、親鸞を裏切ってきたことへの反省に立ってのものである。
 しかし、それらのことが、門徒の方々をはじめ、多くの人々に伝わってはいない。それは「亡き人を縁として」「亡き人を偲びつつ」行なってきた仏事が、「父母の孝養のため」の追善供養でしかなくて、それが「浄土のさとり」へつながっていないということではないだろうか。それは、私たちが浄土の真宗といいながら、日本における宗教の概念、仏教の概念を超えることができていないことであるともいえるだろう。
 親鸞、蓮如、教如によって表現され、同朋会運動の願いでもあった、そして曽我量深によって「釈尊以前の仏教」といい当てられた浄土の真宗、そのすくいはどう考えても個人的関心であったり、個人のすくいではない。
 「浄土のさとり」とは、国土としてのすくいである。それ故「一切の有情」(同朋)と共なるすくいであって、個人的にすくわれてしまうことではない。むしろ無限に中途なる道を歩み続けることではないだろうか。  そのためには「願い」と「教え」が必要である。

たまみつ じゅんしょう

 
1943年、兵庫県市川町生まれ。67年、京都大谷専修学院卒業。現在、兵庫県・光明寺住職。市川・親鸞塾主宰。
 

法然を師と認可した親鸞   武田定光 氏

[第6章]


 歎異抄第六条では、原始教団の内部で「弟子の所有権争い」のあったことがわかります。これは人間が集団で生きる生物である以上、逃れられない問題です。人間は一方では、自分の言うことを聞いてくれる他者を欲しがりますし、他方では宗教的権威者に依存していれば安心というカリスマへの依存心ももっています。この支配と依存からの解放をテーマにしているのが第六条です。
 しかし、仏法は必ずひとを通してしか伝わらないので、この問題も避けて通ることはできません。親鸞は、後序の「信心一異の諍論」で法然と自分の信心は同じだと主張しました。居並ぶ先輩たちの反発も予想済みのことでした。それも親鸞が仕組んだことです。別室で法然に質問するならまだしも、大衆の面前に引きずり出して事の真偽を決しようとしました。
 親鸞がそこまでして、明らかにしたかった問題は「救いの平等性」です。「いつでも、どこでも、だれでも」が救われなければ、それは〈ほんとう〉の仏法ではないという確信です。その答えを法然の口から「如来よりたまわりたる信心」として語らせました。もし、法然が他の言葉で応答したならば、恐らく親鸞は法然を捨ててその場を立ち去ったに違いありません。「如来よりたまわりたる信心」という表現は法然の著述にはありませんし、親鸞もお手紙で一カ所しか使っていません。それほど希有な珠玉の金言なのです。
 この金言によって、親鸞は法然を「師」としていただくことができました。もっといえば、ここに「師と弟子」が同時に誕生したのです。「信心一異の諍論」は親鸞が法然から「弟子」として認められた出来事と考えられてきました。しかし、〈ほんとう〉は法然が親鸞から「師」として見いだされた仏法の事件だったのです。これによって、いままでお釈迦さんから二千年以上「出家」することが仏法の必須条件でしたが、それが「幻想」であったと知らされました。「出家」は仏法の必須条件ではなく、多くの選択肢の中のひとつの実験だったのです。

たけだ さだみつ

 1954年東京都生まれ。大谷大学文学部博士課程修了。元親鸞仏教センター嘱託研究員。真宗大谷派東京教区因速寺住職。お寺で「ご命日の集い」や「ブッディサロン」などの法座を開くほか、首都圏で「池袋親鸞講座(『歎異抄』のこころに学ぶ)」の講師を担当。 【著書】『新しい親鸞』『歎異抄の深淵 師訓篇』『歎異抄の深淵 異義篇』『逆説の親鸞』(以上、雲母書房)、『『歎異抄』にきく 死・愛・信』『親鸞抄』(以上、ぶねうま舎)、『なぜ?からはじまる歎異抄』(東本願寺出版)
 

念仏者は無碍の一道なり   井上尚実 氏

[第7章]


 本願を信じ念仏申して生きる者は「何ものにも碍げられない」という『歎異抄』の第七章の言葉は、「大行」としての称名念仏の積極性を明確に表しています。浄土真宗は、人々を迷わし束縛する俗信からの解放を促す教えであり、真の自由と平等を実現する普遍宗教であることを示しているのです。これは、親鸞聖人から私たちへの、時代を超えた非常に大切なメッセージです。
 親鸞聖人が生きられた平安末から鎌倉初期の日本社会では、権力を握る支配層が呪術的神祇崇拝を広め、迷信や俗信を統治の道具にしていました。一般民衆は、権力者が主導する卜占祭祀や加持祈祷の影響を強く受けました。吉凶禍福に惑わされ、天地の鬼神に怯えるような生活を余儀なくされていたのです。密教化した聖道仏教は、このような束縛と支配の先頭に立っていました。現代においても、靖国神社から占星術にいたるまで、戦争や支配の構造を美化し、吉凶禍福で人々を惑わすような「宗教」が蔓延していることに変わりはありません。そうした「宗教」を親鸞聖人は厳しく批判されます。
 『歎異抄』の言葉と同時期の『愚禿悲歎述懐』和讃には次のようにあります。「かなしきかなや道俗の 良時吉日えらばしめ 天神地祇をあがめつつ 卜占祭祀つとめとす」「かなしきかなやこのごろの 和国の道俗みなともに 仏教の威儀をもととして 天地の鬼神を尊敬す」(『真宗聖典』五〇九頁)。こうした道教的俗信の流行について、『教行信証』化身土末巻では、「外教邪偽の異執」(『真宗聖典』三六八頁)として厳しく教誡されます。
 本願念仏は、陰陽道や密教の呪縛から人々を解放し、「真実の利」をもたらす教えです。『現世利益和讃』には次のように力強く詠われます。「南無阿弥陀仏をとなうれば 他化天の大魔王 釈迦牟尼仏のみまえにて まもらんとこそちかいしか」「天神地祇はことごとく 善鬼神となづけたり これらの善神みなともに 念仏のひとをまもるなり」(『真宗聖典』四八八頁)。吉凶禍福に惑わされず、自信をもって与えられた生を全うする念仏者こそ、「無碍の一道」なのです。 

いのうえ たかみ

 
京都大学文学部卒業。大谷大学大学院修士課程修了。カリフォルニア大学サンタバーバラ校博士課程修了。Ph.D.(宗教学)。2003年大谷大学真宗学科専任講師。2010年同准教授。2016年4月より短期大学部仏教科教授。 【著書】共編著:Faith in Buddhism(Institute for East Asian Studies,ELTE,2016)  論文:「普遍宗教としての浄土真宗─無償の贈与を平等に分かち合う思想─」『親鸞教学』第100号(2012)
 

「非」ということ   伊東恵深 氏

[第8章]


 第八章は『歎異抄』各章のなかでも、もっとも短い文章の一つですが、「非」という字が六回使われています。
念仏は行者のために、非行非善なり。わがはからいにて行ずるにあらざれば、非行という。わがはからいにてつくる善にもあらざれば、非善という。ひとえに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行非善なりと云々(傍点筆者)
 「念仏すなわち南無阿弥陀仏は、私たちが自分の力で称える行為ではなく(非行)、また努力意識で積み重ねる善行でもありません(非善)。なぜなら、念仏は阿弥陀如来の本願のはたらき(他力)によるものであって、人間のいかなる思い(自力)をも超えているからです」と述べられています。
 本来、念仏は「もろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具」(『教行信証』「行巻」『真宗聖典』一五七頁)しているのですから、あらゆる功徳をそなえた「大行」「大善」のはずです。しかしその念仏を自ら修していくところに、「わがはらかい」が絶えずはたらいてきます。具体的に言えば、「わがみをたのみ、わがこころをたのむ、わがちからをはげみ、わがさまざまの善根をたのむ」(『一念多念文意』『真宗聖典』五四一頁)私たちの有様です。このように、どこまでも自力に執着する私たちに対して、「念仏は、称える者にとっては非行・非善である」と否定の言葉を重ねることによって、自力無効の事実を徹底して呼びかけるのであります。
 「ひとえに他力にして、自力をはなれたる」とは、念仏はわれわれ凡夫が修する行ではなく、阿弥陀仏の本願のはたらきに恵まれる行であることを表しています。まさに「凡夫回向の行にあらず、これ大悲回向の行なるがゆえに」(『浄土文類聚鈔』『真宗聖典』四〇四頁)と示される通りです。このように「非」(あらず)という語を通して、本願力回向の大行・大善たる念仏を、どこまでも我が物にしようとする私たちの自力執心の深さを照らし出すのが、第八章の大切な課題だと思います。

いとう えしん

1977年、京都府生まれ。大谷大学真宗学科卒業。大谷大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。専門は真宗学。親鸞仏教センター研究員、大谷大学非常勤講師などを経て、現在、同朋大学文学部仏教学科専任講師。三重県・西弘寺住職。編著に、伊東慧明氏との共編『曽我量深講義録』上下巻(春秋社)がある。
 

「不審」論 ―宗教は「こころ」の救いか―   加来雄之 氏

[第9章]


 『歎異抄』第九章に、「親鸞(しんらん)もこの不審(ふしん)ありつるに、唯円房(ゆいえんぼう)おなじこころにてありけり」という親鸞聖人の言葉が伝えられている。この「不審」という『歎異抄』の三カ所に出てくる言葉が、『歎異抄』を読み解くための鍵になるのではないか。
「先生。あなたがかつて教えてくれた言葉は、口にするだけで、涙が出てくるような心持ちになったものです。今でもその言葉が大切だとわかっています。でもかつてほど感動の心がありません。どうすればよいのでしょうか」。 
 「私もこんなにも大事な言葉を口にしながら、なぜ感動しないのだろうという不審があります。でもよく考えてみると、感動の心持ちなどなくてもよいのではありませんか。その言葉が私たちに与えてくれる本当に大事な利益は、感動の心などではなくて、生きることの道理なのですから。道理に生きようとする身にとっては、むしろ心持ちに酔うことは悪いことではないですか。 」
 私たちは、宗教の救いを心理的に考える傾向がある。ある時は知的(教義がわかった)に、ある時は情的(神秘的な体験をした、話を聞いて感動した、慰められた)に、ある時は意的(元気が出た)に、ある時は道徳的(少しはまともな人間になれた)に、などなど。
 私たちの聞法がこのような思いに取り込まれると、一度は教えに感動しても、いつしか教えに生きていることが、安っぽく、嘘っぽく感じるようになる。その感覚が不審である。
 存在することの「不安」は思いと身とのズレに感じる気分であるが、聞法における不審は「こころ」と教法とのズレに感じる気分である。しかし、その不審という感覚こそが、私たちの心持ちへの囚われを破り、私たちを聞法する身へと立ち帰らせてくれる契機となるのではないか。
哲学において不安という概念が、私たちの実存的な了解に大きな役割を果たしたように、不審という言葉を、真宗学の大切な教学の概念に育てあげる必要があると思う。

かく たけし

1955年、京都府生まれ。1984年、大谷大学大学院博士課程満期退学。現在、大谷大学教授。
【著書】『天命に安んじて人事を尽くす─清沢満之の求道における自己と他者』(碧南市清沢満之記念館、2016年、『『大無量寿経』の讃歌と問答 ―曇鸞撰『讃阿弥陀仏偈并論』を読む』(東本願寺出版部、2012年)、『仏弟子論としての歎異抄 ―親鸞聖人の教えを相続するということ―』(真宗興正派安居教務部、2011年)、『本尊と聞法』(日豊教区出版委員会、2014年)。
 

たまわりたる信心   廣瀬惺 氏

[第10章]


 親鸞聖人は、関東の人々に書き送られました『唯信鈔文意(ゆいしんしょうもんい)』の中で、「他力の信心のほかに余(よ)のことならわずとなり」と、私たちが人として生きていく要(かなめ)が、「他力の信心」であることを示しておられます。その「他力の信心」について、ともしますと「私の心で他力を信ずること」と受けとめてしまいます。しかしそうではなく、他力(本願)が私の生きる依(よ)り所(どころ)(主体)となることであると教えられています。
 ところで、『歎異抄』第十章には「念仏には無義(むぎ)をもって義とす」とあります。『歎異抄』では、信心を「念仏もうさるる(心)」等の表現であらわされていますことから、ここで言われております「念仏」は、単に口で発声する念仏のことではなく、本願がいただかれるところに申される「信心の表現としての念仏」であることが知らされます。このことから、「念仏には無義をもって義とす」という言葉の意味は、「本願をいただくには、計らいを用いないことが本義である」と同義であります。親鸞聖人は、法然上人の言葉として「如来の誓願には義なきを義とす」等のお言葉を、度々記しておられます。
 以上は、本願をどのようにいただいて生きていくのかについてでしたが、さらに聖人は、本願の信心がどのようにして私たちに開かれるのかについて、釈迦(しゃか)・弥陀(みだ)二尊(にそん)のはたらきによってであることを、しばしば述べておられます。『唯信鈔文意』には「この信心のおこることも、釈迦の慈父(じふ)、弥陀の悲母(ひも)の方便(ほうべん)によりて、おこるなり。これ自然(じねん)の利益なりとしるべしとなり。」とあります。
 聖人がこのように、本願の信心がどのようにして私たちに開かれるのかについて、また本願をどのようにいただいて生きるのかについて、そのお言葉を繰り返し述べておられますところには、聖人ご自身が、本願との関係を常に問題になさり、もって、私たちにもそのことの大切さを懇切に教えてくださっていることが知られることであります。 

ひろせ しずか

 
1946年、岐阜県生まれ。大谷大学大学院博士課程満期退学。同朋大学特任教授。大垣教区妙輪寺住職。
【著書】『本願の仏道』(文栄堂)、『「仏説阿弥陀経」に学ぶ』(高岡教務所)ほか
 
 

 信道2015(信道講座年間講義録)の紹介

 本ページ「ミミノソコニトドマルトコロ」は、2016年度「信道講座」の講師に、講演に先立ち、当日お話しされる内容の趣意を「名古屋御坊」新聞に掲載するために執筆いただいたものです。
 当講座でお話し(約90分講演)された講義録は「信道2016」(年間講義録)に収載されています。ぜひ一読ください。
※本ページも掲載されています。


  冊子「信道」(『信道講座』年間講義録)並びに、別院発行書籍の紹介       

  新刊「読んで覚える歎異抄」も合わせてご覧ください。   詳しくはこちら

 「信道講座」のご案内

毎月第二日曜日午前10時~12時、聴講料300円。会場:名古屋教務所1階議事堂(東別院境内)

1997年、前身である信道会館教養講座から名古屋別院に移行し、名称を改めて開催されることとなった「信道講座」。この「信道」とは、「信は道の元とす、功徳の母なり」(『華厳経』)からその名をいただき、今日まで120年にもわたって相続されてきた講座です。真宗・仏教のみならず、歴史や哲学の分野からも専門的な講師が講話されます。

                            
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